突き抜けるように青い、快晴の空。
はるか向こうには、もくもくと分厚い入道雲。
風もほとんどなく、まぶしい日ざしに汗がとまらない。
これは、そんな真夏の日の、小さな冒険のお話――。
1. −enter−
「これで・・よし、と。」
ある夏の日の午後。
サトシ一行はとある草原でランチタイムを終え、その片付けの真っ最中。
そんな中、木の木陰で一人の少女がパソコンと必死ににらめっこをしていた。
「ユリーカ、うまく送れそう?」
「うん、大丈夫!もう少しで出来そうだから、心配しないで!」
不安げな声をかけるのは少女の兄・シトロン。
ブロンドの髪におおきな丸眼鏡が特徴。
彼は天才的発明センスを持ち、地元ミアレシティでは既にジムリーダーも勤めている。
そして、少女の名はユリーカ。
同じくブロンドのショートヘアで、前髪はキュートに編み込んである。
兄とは少し違い、行動力溢れる活発な性格。
そんな二人はポケモンマスターを目指す少年・サトシに同行し、このカロス地方を旅している。
「ユリーカってその年でパソコン使いこなすなんて、すごいわね。」
「あはは。まあ、メールくらいですけどね。」
「ほんと、さすが兄弟だよな。」
3人が片付けを進める中、ユリーカは必死にパソコンと格闘中。
久しぶりにミアレシティにいる父親にメールを送りたいと思い、兄にねだって貸してもらったのだった。
***
「ユリーカぁ、あまり乱暴に扱うんじゃないよ」
「分かってるってばぁ・・」
遠くから心配そうに見つめる兄。
本日5度目の忠告である。
「・・・よし、できたあ!」
やっと出来上がったメッセージ。
初めてうったにしては完璧だ。
これでパパも喜んでくれるかな?
満足げに「送信」ボタンをクリック。
「完了しました」の文字がでると、にんまり顔で相棒・デデンネと顔を見合わせた。
「さ、これでOKっと・・・・・ん?」
先ほど「送信完了」とでた画面が、何やらおかしい。
画面全体が不自然に霞んでいる。
そして、いきなりザザッと不気味な音をたてたかと思うと、そのまま白黒の砂嵐状態になってしまった。
「え・・何これ・・。
も、もしかして壊しちゃった・・?」
先ほどの不安そうな兄の顔が浮かび、一筋の汗が流れ落ちる。
こ・・これはまずいぞ。
急いでスタートボタンを押し直す。
しかし、またしても画面は白黒でザーザーと音が鳴るだけだ。
もう一度やってみても、やっぱり同じ。
「ど・・どうしてなのー!?」
このままじゃお兄ちゃんに怒られちゃうよ・・。
何とかしなきゃ!
とりあえずキーボード上のボタンを適当におしてみる。
「esc」「a」「F5」「Shift」...”「Enter」”。
パッ
キーを押した途端、突然今度は真っ白な画面に切り替わった。
そして、そこには大きな「OK?」の文字。
画面が変わったことに少しほっとしたユリーカは、言われるがまま「Enter」を押す。
「 」
「 寂しい...」
「え・・誰・・?」
耳の奥で、誰かがささやく。
声とも音ともいえない、その不思議なメッセージを懸命に聴き取ろうとした、
その瞬間――。
シュウウウウウウウウウウウウウウウ
「うわっ・・・なに!!!??」
視界全体が突然うずまいたかと思うと、そのまま回転するようにコンピューターの中へ。
体が、決して逆らえない引力のようなものでひきこまれていく。
「わああああああああああぁぁぁ〜〜〜l!!」
小さなユリーカとデデンネの体は、あっという間にディスプレイの中へと消えた。
***
「・・・ふう、これで終わりね。」
食器の片付けも、荷物の整理も全て完璧。
旅の準備はばっちりだ。
「よし、出発しようぜ!」
「あれ・・ユリーカは?」
「あ・・そういえば・・。ユリーカー!」
セレナに言われ、先ほどユリーカがいた場所を見るが姿が見えない。
「・・・・ユリーカ・・?」
とりあえずその木陰まで駆けよった。
特に変わった様子もないし、パソコンはしっかりとその場にある。
なのにユリーカの姿だけが、そのままそっくり消えている。
「・・・ポケモンでも見つけて、追いかけてったのかなあ。」
そこには、先ほどユリーカが使っていたであろうメール画面が開いていた。
その画面には、一つ文がぽつりとあるだけ。
「送信完了しました。」
***
「はああ・・」
本日何度目か分からない、大きなため息。
せっかくの夏休み。
なのに、今日は朝からずっと部屋の中。
目の前には鉛筆とノート、大量の冊子があるだけ。
カロス地方からはるか遠く、ホウエン地方のトウカシティに住む少年、マサトは机の上でふてくされていた。
夏休み真っ最中だが、明日は出校日。
目の前の大量の宿題の一部を終わらせなければならなかった。
でも、どうしても気が進まない・・。
「・・お姉ちゃんは今頃海で楽しくやってるんだろうなあ。」
マサトの姉・ハルカは昨日から友達と泊りがけで海へ出かけていた。
新しい水着に浮き輪まで買って、あの満足そうな顔ったら・・・・。
何か・・気にくわないなあっ。
満面のスマイルで家を後にした姉の顔。
むしゃくしゃきてきたマサトは、何の気ナシにPCの電源を入れる。
そういえば、サトシたちはカロス地方ってとこにいるってお姉ちゃんが言ってたっけ。
一体どんな所なんだろう・・。
検索してみると、自分の住んでいる所とはかなり雰囲気が違っていた。
町の建物も人も自然も、そしてポケモンも全て新鮮。
まだ見ぬ世界に興奮を抑えきれず、次々にリンクをクリックする。
「ん・・?」
画面が開いたはずなのに、、突然フリーズ。
そしてそのまま雑音とともに白黒になってしまった。
「何だよもう・・」
カタカタカタ・・
”___OK?”
―いい気分だったのに。
ぷんっと頬をふくらませながら、マサトは考えなしに「Enter」を押した。
「!!!?????」
シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
当然まき起こった突風。
宿題の紙がバサバサと宙を舞う。
そして、そのまま物凄い勢いで画面の中に引きずりこまれていく。
”たっ・・たすけて・・!
お姉ちゃん・・・”
―マサトの机は、宿題と筆記用具を残したまま空になった。
***
「いてててて・・」
・・・・・。
ここはどこ・・・?
ユリーカが目をさますと、そこは見たこともない世界だった。
見上げると、空には何でか無機質な四角形の立方体がたくさん浮いている。
足元を見てみると、どうやら同じような大きい立方体の上に自分も立っているようだ。
そして、まわりは宇宙のように真っ暗で何もないのに、カラフルでビビッドな光の線が所々に延びている。
今までに経験したことのない不思議な世界に、ただただ唖然とする。
「・・・あのー・・君、ちょっといい?」
ふり返ると、そこには知らない少年の姿。
やや藍色がかった髪に、大きな黒ぶち眼鏡。
見た感じ、自分と同じくらいの年齢だろう。
どこかあどけなさの残る、心優しそうな男の子だ。
「ここ・・どこなのか知ってる?」
「え・・知らないよ!あなたこそ、ここの人じゃないの?」
「とんでもない!僕はパソコンに吸い込まれて・・気付いたらここにいたんだよ。」
「え・・・。」
全く、自分と同じ。
とすると・・ここはパソコンの中・・???
***
目覚めた瞬間に現れた、不可思議な世界。
驚きと不安で混乱しながら歩いていると、ひとりの女の子がそこに立っていた。
あの子・・何か知ってるかな?
「君、ここどこか知ってる・・?」
何だか、この子もこの世界の事が分かってないみたい。
多分、同じように飛ばされてきたんだろうな。
まったく・・・何がどうなってるんだよ!
「僕・・どうしたら・・。」
「・・・。」
「・・・お姉ちゃん・・。」
一体どうしたらいいんだろう?
いきなりすいこまれて、こんな所に・・。
戻ることはできるんだろうか?
マサトの心を支配するように、うずまく不安。
いいようのない恐怖がこみ上げ、涙が出そうになる。
「・・ねえ、あのさあ、探検してみない?」
「へ・・・。」
「私ユリーカ!!よろしくね♪」
こんな状況だっていうのに、全然動揺していない目の前の女の子。
むしろ何だか楽しそうに見えるし・・。
怖くないのかな?
「は・・あの、探検って・・」
「ここさあ、不思議な世界じゃない?何か、面白いものがありそう♪」
「・・・面白いもの?」
「うん!だって、そこら中ピカピカしてきれいだし、見たことないものがたっくさんあるじゃん!」
「た・・たしかに・・」
「もしかしたらさあ、すっごく珍しいポケモンもいるかもよ??」
「めずらしい、ポケモン・・・?」
少女のその言葉で、心の奥の好奇心に火がつく。
冒険の旅で出会ったたくさんのポケモン達。出会った時のあの感動と興奮。
なんか、わくわくしてきた・・・・!
「よし、探検しよう!!」
「うん!よろしくぅ♪
・・・ところで、あなたの名前は何ていうの?」
「僕マサト!!ホウエン地方ってとこにすんでるんだ。よろしくね!・・・えーっと・・」
「ユリーカよ!私はカロスっっていうところからきたの。」
「カロス!?それって・・・」
「寂しい・・・・」
「え・・?」
突然、耳元に響く声。
あの時に聞いた、あの声と同じだわ。
「ユリーカちゃん!見て!あそこ・・」
指さす方を見ると、そこには一体のポケモンが座っていた。
ひどく辛そうな、孤独な赤い目をしたポケモン。
「このポケモンて・・・。」
「デンリュウだあ!!」
そのポケモンとは、ユリーカの父の愛ポケでもある、デンリュウだった。