大事なもの
7.
パチパチパチ・・・
ロケット団トリオとヒメグマ達は、最初リングマのいた小屋にやってきていた。
室内は囲炉裏の炎で大分暖かくなっている。
しかし、室内の雰囲気は暖かさとはほど遠い。
数時間前、ニャースは無事ムサシ・コジロウと出会うことができた。
だが、ムサシは薄着のまま人一人を担いでこの小屋まで運び、体中に凍傷、更にひどく体力を消耗していた。
一方のコジロウは、会ったときにはすでに重症の大怪我、更に発熱がひどくこちらも最悪のコンディションだった。
二人がひどい状況だったため、ニャースは自分の疲れも忘れずっと二人をケアし続けた。
「ニャース・・もう私は大丈夫よ。そこのヘタレ男をなんとかしてあげて。」
一時意識がなかったものの、ムサシは少しずつ体力を取り戻してきた。
しかし、まだ所々に残る凍傷は回復しきれていない。
「ニャーはポケモンだからまだしも、おみゃー雪の中腹だして歩くなんて何考えてるニャ。」
「・・・しょうがないでしょ。ファッションだって大事なのよ。」
強がっては見せるが、ムサシは無表情。
そんなムサシを見て、ニャースは心が痛んだ。
ムサシは何も語らない。
何があったか知らないが、ムサシの表情を見ると何となく事情は読める気がした。
「・・・・ニャース。」
「なんにゃ?」
「・・・・・ごめんね。私のせいでこんなことになって。」
普段絶対謝らないムサシが・・・顔を伏せたまま、ぽつりと呟く。
表情はよく見えないが、その心がひどく傷ついているのは分かった。
「・・・・コジロウが、何かしたのニャ?」
「・・・・・。」
「おみゃーを庇ったとか?」
その顔は苦しそうに歪む。とうとう座り込んだまま、腕の中に顔をうずめた。
「・・・・・・。あいつ本当に馬鹿だから。」
「ムサシ・・・何かごめん・・。」
「・・!!」
驚いて振り返ると、意識がなかったはずのコジロウが起きていた。
流石、ピカチュウを追っかけてたおかげで体が頑丈になったのニャ。
「コジロウ!おみゃーはまだ寝てるニャ・・!」
「ああ・・・大分良くはなったよ。ニャースとムサシのおかげかな・・。」
とはいえ、まだまだ熱は下がっていない。
傷口も塞いだばかりなので、とりあえずそのまま動かないように言いつけた。
「・・・・・・。」
ムサシは一言も発しない。
コジロウには一切目を合わさなかった。
「ムサシ・・・。」
「・・・・。」
「怒ってるの・・?」
「・・・・。」
「お・・・俺は平気だから、あんま気にしないで・・ね?」
「馬鹿じゃないの!!!!!!!!」
ついにブチ切れたムサシ。
顔は合わさなくとも、ものすごい気迫だ。
あまりの勢いにコジロウは心臓が縮みそうだった。
「あんた本当に迷惑よ!!!!!勝手に追っかけてきて、おまけに大怪我して・・。
あんな攻撃受けて平気なやつがどこにいるの!!?」
「・・・・ムサシ・・・」
「私はね、こんな無謀な任務だって、どうしても挑戦してみたかったの。自分を認めて欲しいから。それが私の目標だから。」
「・・分かってるよ。」
「あんたらが怖がってたのは知ってたし、だからこそ、今回は一人で来たのよ。こんなこと・・して欲しくなかったわ!」
「・・・・・・。」
「で・・でもムサシ、コジロウはニャ、ムサシが危険だと思ってニャ・・」
「うるさいわよ!!!!!!」
更に大声で叫ぶ。
どうやらもう感情が爆発して止められないようだ。
ニャースもこれには何も言い返せなかった。
「一人だった時は、こんなこと感じることなかったのに・・。でも、今は・・・どうしても嫌なのよ。仲間を失うのが・・怖い。」
「・・・ムサシ・・・。」
ムサシは、泣いていた。
後ろ向きでも分かるくらい、その涙はポロポロ止まらずに流れ落ちる。
今回、一人で死ぬかもしれない任務に果敢に挑戦したムサシ。
今まで、コジロウとニャースと組むまでは仲間を受け入れず、使えなければコロコロと入れ替えていた。
一人で何でもこなしてきたし、その実力も持っている。
いつも前向きで自分中心。何も怖れず自信に満ちた、強い女。
そんなムサシが今、怖いと涙を流すなんて・・・。
めったにない、彼女の涙。
あまりにも珍しいその光景に、ニャースとコジロウはただただポカンとした。
「あんた達は来ないと思ってた・・。それに、私は一人でも出来るかもしれないと思ったの。
でもやっぱり出来なかった。
それで・・死ぬかと思ったらコジロウが助けてくれた。でもあんたは大怪我して、ニャースは疲れてるのにずっと周りばかり気にかけて動いてる。
いくら私だってね、ここまで迷惑かけたら嫌に決まってるじゃない!!!あんた達と組んだせいで、仲間が必要だと分かったせいで・・・。
今すごく・・・辛いのよ。」
ついにうずくまり、小さくなるムサシ。
それはいつもの強いムサシじゃなくて・・・初めてみせた、人間的な弱いムサシだった。
ムサシ・・・・・。
「ムサシだって、大馬鹿だよな。」
「そうニャ。」
「・・!!」
コジロウとニャースはいつも通り、普段通りのトーン。
「失うのが怖いのは、俺らも一緒だろ?だから今回、助けに来ちゃったんじゃないか。」
「それは・・」
「ニャー達は最初行かないようにしようと思ってたのニャ。でも・・。」
「テレビでこの島の事情を知ったとき、本当に血の気が引いたよ。ムサシに何かあったらと思うと・・・そしたらもう、勝手に体が動いちゃって。」
「・・・ニャース・・コジロウ・・・。」
「今回怪我したのも・・なんか動いちゃったんだよ。でも・・・・ちょっと勝手だったな。悪かったよ。」
「せめてニャーたちに一人でも行くと言って欲しかったのニャ。ニャー達はいくら怖い任務でも、ムサシが強い意志を持ってたら、協力したくなってしまうのニャ。
だって、ムサシはニャーたちの仲間だからニャ。」
「そうだな。ムサシが居ないとき、俺とニャース何も出来なくて困ったしな!」
「それはコジロウが優柔不断だからニャ。」
「なんだよっ。ニャースだってうじうじしてただろ。」
「・・・・・・。」
なんかあまり関係ない話になってきた・・。
でも・・なんでだろ。
なんかすごく、楽になったかも。
「なんか、結局あんたたちって私がいなきゃなんも決められないのね。」
「ムサシはメカも作れないし作戦も練れないのに、意外に重要な役割だったのニャ・・!」
「何、メカなんて作れなくたって、私はトップに輝く存在なんだから別にいいわよ。ロケット団だけでなく、大女優やトップコーディネーターも含めてね。」
「最後あたりは微妙だけどな・・。」
「何、なんか言った?・・・まあ、ともかく今日はもう寝るわよ。皆疲れてるでしょ。」
「そうだニャあ。」
「明日に備えて寝るかあ。」
その5分後、一番最初に眠りについたのはニャースだった。
精神的にも体力的にも皆に気を配っていたニャースは、実は最も疲れていた。
一方。
はぁ・・はぁ・・はぁ・・
高熱が続くコジロウは中々寝付けなかった。
肩の痛みもひかず、いったん眠れてもまたすぐに起きてしまう。
あぁ・・苦しい・・・。
「コジロウ、大丈夫?」
熱で視界がぼやけるものの、そう言って側に座ったのはムサシだとわかった。
「・・・ムサシ・・。」
「・・・・・・コジロウ。」
「どうしたんだ?」
「・・今日は、ありがとう。助けてくれて。」
「・・・へ・・・。」
「あの時、とっても・・・・嬉しかった。」
ムサシは真剣な目でこちらを見つめる。
いざそういわれると、なんというか・・・めちゃめちゃ照れるんだけど。
「いや・・あれは別に・・!ほら、ムサシの卵が攻撃されるとやばかっただろ?」
「それでも。でも、もうしないでね。私、あんたに守られるほど貧弱じゃないから。」
ガクっ
まあ確かに何も言い返せないんだけど・・。
「はは・・(苦笑)まあ、ムサシは強いもんな。」
「・・あんたが弱すぎるだけよ。」
フっと笑いながら、ムサシは冷やしたタオルを頭にのせてくれた。
「な・・何か、ムサシが優しすぎて怖い・・。雪でも降るのか・・?」
「・・・。もう振ってるわよ。失礼ね。」
今度はムっとした顔。
「あはは!なんか、今日のムサシはコロコロ表情が変わって面白いな。」
突然コジロウが笑い出す。
その表情を見ると、何だかホッとして思わず顔が火照る。
「・・・・馬鹿にしてんの?コジロウ」
「してませんって・・。怖い顔しないでよ。怪我人なんだから。」
「・・・・。」
「・・・・・・なあ、ムサシってさ。」
「・・何よ?」
「何で、いつも泣かないの?」
「は・・?いつも泣いてんのはあんただけでしょーよ!」
「だって・・・なんか色々溜め込んでたんじゃないの?今日爆発してたじゃん。」
「う・・・いや、あれは・・」
「ちょっと意外だったけどね。ムサシの前向きな所好きだけど、あんなに爆発するくらいなら普段から出せばいいのに。」
そ・・そんなキョトン顔で言われても。
あんたじゃないんだから、そんな事簡単にできないわよ!!
この投げかけは感情・・というか、自分を出しなれてるコジロウならではのものに思えた。
「いやよ!コジロウみたいな泣き虫弱虫な泣き言ばっかだったら、私たちはいつまで経っても出世できないわ。」
「え"っ・・・でも、確かにそうかもな!はあーよかった、ムサシとニャースがいて!!」
こいつ・・本当馬鹿ね。
まあでも、こんな馬鹿素直なのがある意味いい所なのかも。
「ムサシ・・・もう寝ていいよ。心配して来てくれたんだろ?」
「・・・・・・。」
「俺も、もう平気だから。」
「・・・・・無理してんでしょ?。」
「え・・違うって。本当に大丈夫だよ。」
それでも、ムサシは心配そうな顔で見つめている。
内心、かなり辛そうだった。
・・・ったく。
ムサシも、本当は優しいんだよな。
コジロウは怪我してない左腕で、コートを持ち上げると、ムサシにとびきりのスマイルで尋ねた。
「じゃあ、一緒に寝るか??」
ムサシは固まった。その顔はみるみる赤く染まっていく。
怪我人にも関わらず、バシンと頬に一発。
「あいたっ!!!」
「怪我してなかったらぶっ飛ばしてる所よ!」
「よ・・よかった怪我してて・・!」
「もういいわ・・さっさと寝るから。」
「お休み!ムサシ。」
「・・・・・・お休み。」
ムサシは自分のところへ戻っていく。
その表情に変わりはないけど、ほんのちょっぴりだけ、嬉しそうだった。